はじめに、この事故は1985年8月12日月曜日18時56分に、東京(羽田)発大阪(伊丹)行(ボーイング747型機)が、群馬県多野郡上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落した航空事故です。

毎年8月になると、第2次世界大戦の終戦に関わる「原爆投下の日(8/6、8/9)」「終戦記念日(8/15)」と並んで、「日航ジャンボ機墜落事故(8/12)」についてニュースになりますね。

日本の航空史を見ても、飛行機の事故は何度か起きています。

その中で何故「日航ジャンボ機墜落事故」が、毎年一際大きく報道されるのでしょうか?

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死亡者数が単独機の航空事故でも世界最多

この事故では、乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者(負傷者)は4名でした。

 

また、死者数は日本国内で発生した航空機事故では最多であり、単独機の航空事故でも世界最多とのこと。

 

つまり、世界の航空史上からみても最大の死者数を出してしまった事故でした。

 

その為、8月になると日本のみならず世界中でこの事故の特集が組まれます。

 

これからの航空史の発展において、決して忘れてはいけない事故というわけですね。

 

※単独機とあるのは、複数機の接触事故などではこの事故を上回る死者数を出しているため。

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原因について

実は、この事故を起こした飛行機は、以前に別の事故で修理に出されていました。

 

それが、1978年に発生した、伊丹空港に着陸しようとした際に発生した日本航空115便しりもち事故です。

 

この事故によって生じた損傷の修理を製造元のボーイングが行った際に、修理を担当したエンジニアのミスが原因とされています。

 

つまり、事故機の修理ミスで、「日航ジャンボ機墜落事故」が発生したと結論づけています。

 

当時は、パイロットの操縦ミスだの管制官との連携が悪いなど色々言われましたが、原因はもっと根本的なところだったのですね。

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生存者の川上慶子の現在

2015年のテレビ番組で、兄の千春さんが取材に応じられています。
いずれにしても、ご健在でなによりです。
当時の様子を以下の通り振替荒れています。
・慶子さんの生還にマスコミの過熱報道が起こった。自宅までマスコミが押し寄せてくるようになり大きな負担となった。
・事故で受けた精神的ショックは大きかったと千春さんは振り返る。高校2年生のときに不登校になった。精神的に余裕がなくて妹ともケンカしたという。
・慶子さんは学校を卒業した後、看護師になった。千春さんは通信制の高校から大学に進学。現在は介護の仕事をしているという。
・去年、千春さんは慶子さんを御巣鷹の尾根に誘ったが首を横に振ったという。「あの現場に行くとすごく苦しくなる」と。
・慶子さんは3人の子を持つ母になったという。千春さんも家族をもったことで生きる意味を見出したという。

搭乗していた著名人

坂本九(歌手)
北原遥子(女優・元宝塚歌劇団娘役)
中埜肇(阪神電気鉄道専務取締役鉄道事業本部長・阪神タイガース球団社長)
浦上郁夫(ハウス食品代表取締役社長)
塚原仲晃(医学博士・大阪大学基礎工学部教授)
辻昌憲(元自転車競技選手・シマノレーシング監督)
竹下元章(元広島カープ捕手)
藤島克彦(コピーライター)
緋本こりん(同人漫画家)
和田浩太郎(美容研究家、ミス日本審査員)

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その他の情報

・明石家さんまは事故当日、本機へ搭乗予定だった。直前の仕事である「ひょうきん族」の収録が早めに終わり、一便早い全日空の便に振り替えたため。

 

事故発生以降しばらくは「おもろいことなんか喋られへん」となったとのこと。

 

・事故直後は、生存者が多数存在していた模様。しかし、真夏の気候により体力が消耗され息を引き取っていったとのこと。

・お盆の帰省ラッシュが始まる時期とあって、満席状態だった。

 

・離陸直後(12分後)には異常が検知されていた。そして、異常発生から30分後墜落した。

 

・異常発生から、墜落まで機内の様子はパニックになることなく落ち着いていたと言われる。ただし、状況を理解した乗客の中には遺書を書く人もいた。

 

・墜落時は、時速640kmで御巣鷹山に激突した。

 

・事故後、事故機と同型のボーイング747型機が日本の航空会社から全機退役となった。事故機による退役(登録抹消)は、2015年現在も存在しない初のケース。

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まとめなど

飛行機に乗るときに、「この機は事故機ではないか?」と調べる人が稀だと思います。仮に事故機と分かったとしても、帰省ラッシュ時の場合は乗り換えなどほぼ無理です。

 

つまり、この事故の原因の場合は乗客側で回避することが出来ません。。

 

生存者の中に、当時8歳の人がいました。現在は40歳近いと思いますが、幸せに暮らしていると嬉しいです。

 

人間が作る機械である以上、事故が起きることはあります。事故がなくなるとは思いません。

 

が、事故の確率を低くすること、事故が起きた時に被害を最小限にすることはできると思います。

 

飛行機は、今や日常生活に欠かすことが出来ない運送、移動手段ですから、より安全・安心に利用できるように進歩していくことを願いします。

 

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